近況報告
ブログがめでたく復活したので、ついでに近況でも書いておく。8年ぶんを全部は無理だが、ここ最近の大きめの出来事を時系列でいくつか。
2回転職した
まずあれから、さらに2回転職した。回数だけ見ると飽きっぽいと思われそうだが、会社を選ぶときの軸は自分の中でずっと一貫している。ひとつは「この会社は日本という国に、どれだけ利益をもたらせそうか」。もうひとつは「その会社がやろうとしていることに、自分ごととして納得できるか」。この2つに胸を張って頷けるかどうかで決めてきた。結果として転職は重なったが、この物差しだけは毎回変えていない。
ポルシェを売った
前に「うっかり買った」と書いた 996 カレラ4S を手放した。売りたくて売ったわけではなく、諸事情によるものだ。詳細は伏せるが、本意ではなかった。せめてもの救いは、買った時より高く売れたこと。旧車の相場が上がっている流れもあって、所有していた間さんざん楽しんだ上に、金銭的にはむしろプラスで降りられた。とはいえ、好きで乗っていた車を本意でなく手放すのは、やはり寂しいものである。
シロップが逝った
我が家のメインクーン、シロップも逝ってしまった。亡くなった日に Facebook に書いたものを、そのままここにも残しておく。
メインクーンのシロップが、本日この世を去りました。10歳でした。5月に左前脚が突如麻痺し、病院で検査を受けたのですが原因は特定できませんでした。その後麻痺は徐々に進行し、首から先以外は全身が麻痺して寝たきりになってしまっていました。
病院の先生から大きな大学動物病院へ紹介されて、2週間前に検査を受けました。全身麻酔がリスクだったため、麻酔無しでMRIとCTスキャンを受けました。しかし髄液を採取しないと確定診断ができず、リンパ腫か髄膜炎のどちらかだろうということで、投薬治療を続けていました。
本日は大学病院へ経過観察のため彼を連れていきました。血液検査を再度行い、2週間後に全身麻酔で髄液を採取する予約をして家に帰りました。
車から降ろし、ケージを開けるとすでに呼吸をしていませんでした。いつも行っている病院の先生に連絡をし、急遽病院へ連れていきました。残念ながら蘇生することはありませんでした。おそらく車の中で発作を起こし、血痰が喉に詰まってしまったのではないかと先生は言っていました。
9kg以上もある大きな体でしたが、麻痺が始まってからは3kgも痩せてしまいました。もしあの世というものがあるのなら、食いしん坊だったから、お腹いっぱいご飯を食べてほしいな。
シロップ、助けてあげられなくてごめんね。いままでありがとう。
蓄電池を実質無料で導入した
湿っぽい話のあとで何だが、もっと俗っぽい話も挟んでおく。家に太陽光発電の蓄電池を入れた。東京都の補助金がかなり手厚く、実質無料で導入できてしまった。電気代の対策にも災害時の備えにもなるし、ここまで補助が出るなら入れない理由がない。こういうものは使えるうちに使うに限る。
甥っ子の結婚式で札幌へ
札幌で甥っ子の結婚式に参列してきた。久しぶりの札幌、久しぶりに集まる親族。やはりめでたい席はいい。あの小さかった甥がスーツを着て前に立っているのを見ると、こちらが歳を取るわけである。
母が施設へ
母は認知症で、要介護の認定を受けている。昔の記憶はある程度残っているものの、短期記憶がほとんど保てない状態で、数分前に交わした会話も覚えていられない。ときには実の長女の顔を見ても、誰だか分からないことすらあった。その母の面倒を、生前は父がほとんど一人で、あらゆる面にわたって見ていた。
その父が入院することになり、母を見られる者がいなくなったため、やむを得ず介護施設に入ってもらうことになった。そうして初めて、父が日々どれだけのことをこなしていたのかを思い知った。あの献身的な介護は、本当にすごかったとしか言いようがない。
父が逝った
そして、父が他界した。通夜と葬儀に参列し、人生で初めて「遺書の履行」というものを経験した。
父は、自分が居なくなった後も母の介護を十分に任せられるだけの資金を、きちんと残していた。先のことまで見据えて手を打っていたわけで、これは素直に尊敬に値する。
葬儀の手続きも段取りも、すべて兄がやってくれた。その横で、自分はただ無力さばかりを噛みしめていた。同時に、淡々と全部を背負ってこなしていく兄を見て、兄もまた偉大だと思った。普段はあまり意識しないが、こういうときに人の本当の大きさが出るのだろう。
49日も過ぎ、先日 形見分けをした。父のコートとベルト、それから切子のグラスをもらってきた。グラスで一杯やるたびに、たぶん父のことを思い出すのだと思う。それくらいでちょうどいい。
そんな感じで
こうして書き出してみると、ここ数年は良いことも悪いことも一気に来た。仕事を変え、長く乗った車を手放し、猫と父を見送り、母は施設に移った。手に入れたものもあれば、二度と戻らないものもある。
それでも日々は続くし、自分はなんとか元気にやっている。8年も放置していたブログをこうして再開できたのも、ひとつの区切りなのかもしれない。次はもう少し軽い話を、もう少しまめに書ければと思う。