ひとりごと

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なにやら忙しすぎて自分の時間皆無…だがこれだけは書いておかねば。明日はメンテナンスがあって夜勤なので、多少夜更かししておかないと明日の夜持たない。でも無理して起きてると、ネガティブなことばっかり考える。

2007/2/15、16:10頃に実家で飼っていたパピヨンが死んだ。享年15歳。もうすぐ16歳の誕生日だった。そもそも飼い始めたときから気管支が弱く、くしゃみなのか咳なのか、よくわからんけどクシュクシュいってる子だった。大人になっても赤ちゃんのように頭蓋骨のてっぺんがくっついてなくて、医者には10年は生きないと言われて飼い始めた子だった。ソファーから飛び降りて、腕の骨を骨折するような弱い子だった。大人になってからも、成犬では3kgくらいになるのに1.5kgにも満たない体重だった。車の音が怖くて、散歩に出られないような子だった。雪の上に乗ると、寒くて腰を抜かすような子だった。リンゴとヨーグルトがやけに好きな子だった。

とにかく弱い子だったのに、15年も生きてくれた。最後は目も白内障で殆ど見えず、耳も遠くなって、顔の毛も真っ白になって。最後は5日間もご飯食べられなくなって、病院行った帰りにウチの父親の胸に抱かれながら、痙攣を起こして失禁して死んだと聞いた。俺が玄関で鍵を開けようとしたら飛んできてワンワン言ってたのに、ここ3?4年は耳元まで近寄って声をかけても、眠り続けて起きない状態が続いていた。少しずつ弱っていくのがわかったから、みんな「この子はもう死んじゃうんだ」って覚悟する時間の余裕はあったのだけれど。

俺が中学3年の頃に飼い始めたけど、あの子が望むことを俺はどれだけしてあげられたのかなって考えて泣けてきた。人一倍寂しがり屋で、家族みんなが寝静まったあとで、サークルに閉じこめられてクンクンと1時間以上泣いていたこともあった。そんなときに、もっと構ってあげても良かったんじゃないかとかと今更思ったり、思えば邪険に扱ってしまった時期もあって、なんでもっと愛情を注いであげなかったんだろうと後悔したり。友人が亡くなったときも似たようなことを考えて反省したはずなのに、また同じようなことを思ってる自分って終わってるなぁと自己嫌悪してみたここ数日。ヒトってそんなもんなのかね。

悲しいのは悲しいけど、思ったより泣けない自分。「この子がもし死んじゃったら、どんなに忙しくても実家に帰ってあげよう」と思ってたのに、普通に東京で仕事してる自分。確かに今年の正月に帰ったとき、もう最後かもっていう予感はあったけど。それでも妙に冷静で、家族として扱っていたはずのペットの死と、自分の置かれている社会的立場とを冷静に秤にかけている自分。もし本当に家族の誰かが亡くなったのなら、そんなことは考えもせずに休みを取ったはずなんだけど。所詮俺がやっていたのは家族ごっこだったのな、なんて考えてテンション落ちる。いちサラリーマンとしては正しい選択のはずなんだけど。

近所でパピヨンを散歩させている人が結構いて、見る度に「あぁ、もう来年帰ってもあの子いないんだ」と思う反面、これでウチの両親も気兼ねなく2人きりで旅行とか出来るようになったんだって、どこかほっとしてる。もしかしたら、俺はあの子が死んでしまって良かったとさえ思ってるのかも知れない。認めたくはないけども。

でも俺の自慢のペットであったことは事実で、動物を飼うってそういうことでしょって改めて考えさせてくれたことも事実。素直にありがとう、っていいたい。もう折った脚も痛くないし、くしゃみして鼻を床にぶつけることもないね。今度帰ったら、俺の分もリンゴあげるよ。バイバイ。


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